おいでよ ほうりつがくのもり(基本書レビューblog)

まったり司法試験・予備試験の基本書をレビューします

【漏えい問題】司法試験で「ほぼ満点」を取っちゃうということがどれだけヤバいのか―あるいは新司法試験合格ラインの検討

司法試験問題の漏えい事件で、東京地検特捜部の聴取を受けている明治大法科大学院の青柳(あおやぎ)幸一教授(67)が、考査委員として作成に関与した問題を教え子の女性に解かせ、質の高い解答を書けるまで繰り返し添削していたことが、関係者の話でわかった。

本番の試験で、女性はこの問題でほぼ満点だったという。法務省は8日、教授を国家公務員法(守秘義務)違反容疑で告発し、考査委員を解任した。

司法試験前、何度も添削…教え子の女性ほぼ満点 (読売新聞) - Yahoo!ニュース

 

青柳教授は、論文問題だけではなく、その模範解答も女性に漏えいし、複数回にわたって、個別に指導していたという。

司法試験漏えい 明大法科大学院教授「女性への恋愛感情あった」(フジテレビ系(FNN)) - Yahoo!ニュース

 

 

現行の司法試験は、短答式(センター試験みたいなマークシートです)と論文式の点数の合計で合否を決めます。

短答式の科目は今年から減って、憲法民法・刑法の3科目になりました。論文式の科目は、憲法行政法民法・商法(メインは会社法)・民事訴訟法・刑法・刑事訴訟法、選択科目(労働法や倒産法などから1科目選べる)の8科目です。

短答式で6割5分くらいとれないといわゆる足切りに遭って論文式を採点してもらえず不合格になるのですが、まあそれは置いておいて、配点比率でいうと短答:論文=1:8になるので、論文の得点が圧倒的に重要なんですね。

ちなみに、前回(26年)の合格者のうち、論文の最低点は369点/800点でした。つまり論文の得点率46.1%。つまり論文式でだいたい5割くらい得点すれば司法試験は受かるんです。当然、受験生もその周辺でしのぎを削ることになります。

これに、論文式の科目が8科目しかないことをあわせ考えると、1科目で「ほぼ満点」を取ってしまうことのヤバさがわかります。粗っぽく言えば、憲法で100点を取ってしまえば、残り269点。他の「民法」や「刑法」などの科目がすべて39点(得点率39%)でも受かってしまえるわけです。

この「1科目でも不正できれば得点率が40%を切っても受かる」という事態は、司法試験の選抜機能の根幹を揺るがします。

なぜかというと、論文の成績はおおまかに4区分に分けて採点することになっているからです*1。その4区分が、「優秀」(100~75%)、「良好」(74~58%)、「一応の水準」(57~42%)、そして「不良」(41~0%)です。

つまり、1科目でも「ほぼ満点」があると、他の答案がすべて「不良」でも受かってしまうことになります。「1問くらい事前に知ったところで論文式は難しいから合否には影響ない」なんてのは明らかに嘘なんですね。

今回のような漏えいは、合否のボーダーにいるような人だけではなく、あらゆる科目で「一応の水準」にすら達しないような人、絶対に合格しないようなレベルの人まで合格させてしまうヤバさを持っているんです。

大学受験で、国語は合格者平均を超えていたけど、数学は苦手だから落ちちゃった…というレベルの人じゃありません。国語も数学も英語も…8科目全て「苦手」な人も拾い上げてしまうヤバさがあります。これが今回の漏えいの一次的なヤバさです。

ちなみに…ここまで読んで「裁判官や検察官、弁護士を選抜する試験なのに、出された問題の5割しか正解しないで合格できるの?」と思った方、ごもっともです。しかし、新司法試験の論文式は、1問1答といった形式の問題ではなく、時間内には物理的に書ききれないほどの大量の論点が含まれたモデルケースに法知識を使って一応の解決を示す…という形式が基本なので、5割得点というのは、物理的に書ききれないほど大量の論点の中から、法的に重要なものを見抜き選び抜いて書いたという感触です。合格者なら解答を書き始める前の段階では8割~9割くらいの論点は一応理解していて、重要なものを選んで書く…という感じが近いと思います。決して「5割しか理解できていない」わけではありません。

また…「漏えいしないと満点をとれないような問題でいいのか?」という批判については、ある意味でおっしゃる通りだと思います(笑)。司法試験は採点基準が公開されないので*2、前述のように、数ある論点の中からモデルケースの解決に必要かつ法律的に重要なものを選んで書くことになるんですが、この「重要なもの」の選び方に客観性があまり担保されていないんですね。たとえばイチローはなぜ打てるのか?というお題だと、彼の身体能力、練習の質、技術、経験、生活習慣、体調、ピッチャーとの相性、対戦相手の研究の具合とか、重要そうなテーマはいっぱいあるわけですが、時間的に1つしか書けないとなったらかなり迷うでしょう?そういう感じです。

こういう現状だからこそ、模範答案や採点基準が漏えいしてしまうことは相当ヤバいんです。特に、明治大学の学生から、模範答案や採点基準が外部に拡散していくと、「司法試験では何が重要なものと考えられているか」を学べるわけですから、これを裏で知った学生と知らない学生に圧倒的な差が生じます。知識量が一緒でも、書く内容の選択によって点差がついてしまうわけですから…。これが今回の漏えいの二次的なヤバさで、こっちのほうが実は深刻かもしれません。

*1:http://www.moj.go.jp/content/000116663.pdf

*2:一応「出題の趣旨」や「採点実感」という書類は試験後に公開されますが、後出しジャンケンの感が強いものですし、「○○に関して適切な論述をしたものは「優秀」とした」…などと、細かい採点基準が絶対に読み取れないような(採点責任・出題責任を追求しようがない)記述になっています。